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福岡高等裁判所那覇支部 昭和53年(う)15号 判決 1978年7月21日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中四〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人泉亀上及び被告人各作成名義の各控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、これらを引用し、これに対して当裁判所は、次のとおり判断する。

控訴趣意中事実誤認ないし法令適用の誤りの主張について

所論は、要するに、刑法二二八条の二のいう「安全なる場所」とは、被拐取者が安全に救出され得る場所であれば足り、必ずしも被拐取者自身が近親者その他被拐取者の安否を憂慮する者の下に帰着しうる場所であることを要しないものと解すべきところ、被告人が被拐取者國場真美子を自動車から降して解放した場所は、呉屋太郎方とそれに隣接する小波津武司方との中間辺りで附近に数戸の民家があり、発見されやすい場所であつて、現に被拐取者は解放後まもなく安全に発見救出されていることなどに鑑みると、被告人の右解放行為は、同条にいうところの「安全なる場所」に解放したときに該当するものというべきであるのにも拘らず、これを否定して、本件解放場所が「安全なる場所」に該らないとして同条を適用しなかつた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認、ひいて法令の解釈適用の誤りがあり、破棄を免れないというものである。

そこで、記録を精査し、かつ、当審における事実取調べの結果をも参酌して審案するに、被拐取者が安全なる場所に解放されたと認められるか否かの判断は、解放の場所自体が物理的に安全かどうか及び解放場所の具体的状況のみならず、解放の日時、方法のほか被拐取者の年令、知能程度、健康状態等被拐取者の一身的事情等をも併せて総合勘案しなければならないことは、原判決が説示するとおりであり、これを本件についてみると、本件解放現場は、県道三八号線から約二六メートル入つた脇道で、道路の片側は中学校の運動場、反対側は人家が二、三軒散在するほか、きび畑、雑草の生えた空地で、現場北東には墓地があり、現場北方役一二〇メートル附近は雑草が茂つた人家のない小高い丘となつている農村地帯であつて、もともと夜間は人通りも少い寂しい場所であると認められるところ、加えて、解放日時も一一月一六日の夜の九時二〇分ころであつて、なおさら人通りも少なかつたと窺えるうえ、当夜は小雨模様の天候であつたこと、同所は被拐取者の自宅から遠く離れていて、被拐取者は、同所附近の地理に全く不案内であるばかりか、同人は小学校一年の六才の女児で思慮分別が十分でなく、しかも当時はかぜ気味の健康状態であつたこと、さらに被告人の解放方法は、被拐取者を自己の自動車から下車せしめたのみで解放後直ちに同所から立ち去り、解放後の被拐取者の安否について何ら見守つていないことなどの事情が認められ、これらの諸事情を総合勘案すると、本件における解放場所が安全なる場所とは到底認め難く、被告人の本件解放行為が刑法二二八条の二にいう被拐取者を安全なる場所に解放した場合に該らないとした原判決の判断は相当であつて、原判決には、所論指摘の事実誤認ないし法令適用の誤りの違法はない。論旨は理由がない。

控訴趣意中量刑不当の主張について

所論は、要するに、被告人を懲役三年の実刑に処した原判決の量刑は、著しく重きに失し、不当であり、被告人に対しては、酌量減軽のうえ刑の執行を猶予するのが相当であるというものである。

そこで、審案するに、この種身代金目的の誘拐事犯の処罰規定制定の趣旨、つまり、この種事犯が近時多発化の傾向にあつて模倣性、伝播性が強いばかりか、事犯のもたらす陰惨さ等を考慮したものであることに徴すると、本件は事案自体非常に重大であるというべきところ、さらに、原判決も量刑の事情として判示するとおり本件は計画的に敢行されたのみか、思慮分別も充分でない幼な子を長時間、かつ、長距離に亘つて自己が運転する自動車に乗せて誘拐したもので、被拐取者の両親に与えた憂慮、動揺はもとより、地域社会に与えた不安、衝撃も計り知れないものがあり、被告人の責任は非常に重いといわなければならない。

所論が指摘し、証拠上も明らかな、被告人は身代金目的で拐取したものの自らその要求を断念して被拐取者を解放したこと、誘拐中被拐取者を何ら手荒く扱つていないばかりか、被拐取者を解放して後も被拐取者の家族に解放場所を知らせようとした行動に出たことのほか、被告人には前科前歴はなく、現在においては本件を深く反省している点等被告人にとつて有利なすべての情状を考慮しても原判決の量刑はやむを得ないところであつて、重きに過ぎ不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、本件控訴は理由がないから、刑訴法三九六条により、これを棄却し、刑法二一条により、当審の未決勾留日数中四〇日を原判決の刑に算入し、なお、当審の訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書に従い、被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

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